タイ国イサーン地方サコンナコン県便り

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zoom RSS ブログ第52弾:イサーン地方観光ブロウシュアー が発行されました。+怒涛ソンクラーン写真

<<   作成日時 : 2011/05/14 18:58   >>

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ブログ第52弾

イサーン地方観光に焦点を当てた
最新の 観光ブロウシュアー が発行されました。


当ブログに於いて、その英文試訳を順次発表して行こうと思っております。
時にタイ語解説等も交えながら、
当地イサーン地方サコンナコン県を紹介して参ります。
日本人に全く馴染みの無い当地を
紹介出来るきっかけとなれば嬉しき事だと思っております。

下記記写真3枚:怒涛のソンクラーンBTSサラデーン駅近く、日本語行き交うタニヤStreet近辺
下記写真1枚:イサーン地方観光(brochreとbook-type)

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<チェンマイ地方は西北部にありますが、
タイ 北部地方(=パークヌゥア) に位置すると表現します>
日本人に人気がある都市チェンマイは、北部西側地方に在ります。
北西方向はタイ語では、
西北という表現をします。

方向を強調するタイ語ティット(タイ語では方向と方角の区別は無く、この1語だけです)
を語頭に付けると
方向(方角) の意味合いが強調されます

ティット   タワントック(=陽が落ちる・沈む)・チアン・ヌゥーア(西北方向)
方向・方角  西           に寄った 北

タイ語は、修飾語が日本語とは逆方向の語順となります。
大事な言葉が、文頭に来ます。
タイ語の大きな特徴です。日本語の会話実際に似ています。
上記北西地方は、西北地方という西を中心とした表現となります。

西ではあるのだけれども、
その西は北に寄った西である=西北
と表現しているのです。
よって実際の発音は、
タワントック(西)と先づ言って、その後若干の休止ブレイクを入れます。
休止ブレイクに続けて、チアンヌゥーア(北寄りの)と言います。

「ひがし」「にし」
の考え方は、言語発生以前から存在していたはずです。
Naturalな太陽の出現が基本となっています。
古代の人々は、
方向を話題にする際、太陽出現方向を基本にして
語っていた事は、間違いないでしょう。

Aという山は、西(陽の入り方向)に在り、
Bという湖は、東(陽の出方向)に存在する
このように言っていた事は、間違いありません。
即ち、 ひがしとにし の直線ライン が先ず存在していました。

タイ語で、
ひがしにしを
日の出、日の入りと表現している事は、誠に興味深い事です。
ひがし・にしの直線を正しくラインしたのち、
その上部方向を北、下部方向を南と
名付けました。

タイ語では、
南を表わす言葉は、下を意味するターイを使っています。
(北ヌゥーアに関しては私は分かりません)
みなみは、
ひがしにしラインの正確な直線の下側方向
だと表現しているのです。
これによっても、
ひがしにしの正確ラインが方向基準の出発点となっていた事は、明らかです。


一方、地球地理が判明化した現在では、
方向とは、自らの位置やある特定地点(例えば首都)を基本にして表す
方向性(direction)
という概念へと発展しました。

国土上の方向性を現す時は、
チェンマイは、北部となります。
タイ国土全体(又は時に首都バンコク地点)から見て北方向に存在するという考え方です。
(イサーン地方から見れば、チェンマイは  西方向 にあります。
ラオス側から見れば、チェンマイは ラオス南方向 に位置しています)

チェンマイ地方は、タイ国土上では北西地方(タイ語表現は西北地方)に位置します。
パーク・タワントック・チィアン・ヌゥーア
地方  西      寄りの  北

実際は、単にパーク(地方)ヌゥーア(北部)即ち北部地方と呼んでいます。
言い易い短い表現が定着化して来たのだと思います。
首都バンコクから見ると、東西方向即ち西方向への大きな偏りが見られない事も
単に北部地方と呼称して来た原因だと思います。
(一方イサーン地方は、チェンマイ地方に比べると首都バンコクから東方向への偏りが顕著です。その為、東への方向性を強調して、東北と呼ばれて来たのかも知れません。)

イサーン地方(イサーンはこの地域を表す伝統ある古語)は、
タイ語では、北寄りの ひがし と言い、
ひがし という概念の
表現強調が先づ存在します。
日泰辞書で引けば、東北地方の索引が必ずあります。
北部地方の索引は殆ど見られません。
東北地方という索引には、
本来のタワンオークチィアンヌゥアというタイ語に
必ずパークイサーンの言葉が併記掲載されています。
東北という方角の枠を超えて、
タイ社会で一般化=普遍性geralizationを勝ち取っている言葉が、
パークイサーンという言葉なのです

日本語も発声始点に言葉の重要性がある言語です。
それから考えると、
イサーン地方を北東という呼び方をせずに、(地理上では、北東という厳密性が存在する)
東北地方と呼ぶ方が一般的な言い方となっています。
地理学的には、北東であるにも関わらず、
東北と呼んで来た
ジェネラルGeneral化(一般化)して来た流れの中で、
言葉の表現傾向が定着化して来た証しが、
東北という表現だと思います。

<タイ語の方位、方角、方向の表現>
東西南北
上記方向の中で基本となる方向は、日本人の考えと同じく
ひがし、にし
の方向性です。

東は、太陽が昇る(タイ語では「出る、出現する」という意味の動詞「オーク」)を使用。
   Aは、  東        に(位置に) あります(存在します)。
         タワン・オーク  ティー    ユゥー
    このタイ語語順は、
A    ユゥー   ティー  タワンオーク
    Aは、  あります  に    ひがし

西は、太陽が沈む(タイ語では「落ちる」という意味の単語「トック」)方向を指し、
   タワン・トック と言います。

方向を表す言葉 東北 はタイ語では、

タワンオーク ・      チィアン・         ヌゥーア
と言います。
東(太陽が 出る(=オーク)) 傾いた、〜方向に位置する  北

厳密に正確に言うとこのように「タワンオーク・チィアン・ヌゥーア」
となるのですが、長ったらしい発音を嫌って、
東北地方を東北を表すタイ語を使用せずに、
この地域一帯を指す歴史ある古語「イサーン」を使用して、
「パーク「地方)イサーン」と呼んでいます。
タイ人口の3分の1(2000万人)の人々が暮らしており、
最もタイらしい地域の一つであり、歴史長き地域なのです。

イサーン地方(パーク・イサーン)は、
バンコクから東北方向に600〜800キロメートル離れ、
チェンマイからも700キロ以上離れています。

バンコクを頂点とした逆三角形の
底辺が、北部チェンマイ・東北部イサーン
であるとイメージされますと、
タイ国土の大まかな地理理解に役立つものと思います。

<タイの近隣諸国>
タイと陸路河川で国境を接する国は、
カンボジア(タイ語カンプチャー)・
ビルマ(タイ語発音は英語発音に近くバーマァーBirmaであるが、
パーマァーとp音に近い音で聞こえる・日本政府も同調しているミャンマーという呼称を私は使いません)
それにラオス(ラァーオ)、それに南部としてマレーシア(マレェーシアー)である。

これら周辺隣国との友好協力関係は、
タイ国において国防上、経済上とても大切なものである。
一方、中国という国の重要性は、
近年飛躍的にその度合いを増して来ている。
アジア社会に留まらず、地球社会における中国の重大性は
これからの未来もその傾向は果てしなく続いて行く。
中国の南西の隣国、ベトナムの発展が目覚しい。
このベトナムと国境を接するのがラオスである。
ラオスの首都ビエンチャンの最近のモダン化進展には目を見張るものがあります。
この現象に伴って、ビエンチャンをお気に入りに訪れる日本人の数が増加しています。

イサーンの北部地域各所には、共産革命を画策するグループの生活拠点がかつて存在していました。
タイ国軍がそれらを駆逐した内戦歴史はほんの最近の出来事です(第2次大戦後)。
先のタクシン元首相を信奉する人々も今尚多く残存しています。
国防上、内国政治上において、正に要とも言える地域が「イサーン北部地域」なのです。
(イサーン北部ナコンパノム県は、国境ボーダーにある為、常に車両検問があります。
パスポートのコピー等は必ず携帯して出掛けて下さい。
数年前の鳥インフルエンザ事件発生の頃この地を友人の車で走行しました。
隣国ラオスからの鶏及び鶏肉の検査検問がアチコチで行なわれていました。)

ここにおいて、
中国の重要性というファクターが、更に大きく加味され、
外洋から遠く離れた内陸奥地の涸れた大地イサーン地方、
特に隣国と国境を接する
イサーン地方北部地域(サコンナコン・ナコンパノム・ムクダハン
の重要性が俄かに大きくクローズアップされて来ました。

イサーン北部地域の重要性は、
現在だけの俄か事態の話しではなく、今後も大きく続いて行く事は間違いありません。
(ムクダハンのタイ人発音は、
日本人の耳にはムッダハンのように言っているように聞こえますが、
日本人がその真似?をして真ん中のクを意図的に発音しない場合、タイ人には通じません。よって、ムックダハンと発音する事を勧めます)

イサーン地方の大きな都市:
別名コラート(正式名ナコン・ラチャスィーマ)
(バンコク北部に隣接し、
バンコク都民の食を賄すイサーン穀物農産物の集積都市でもある)
(コラートは、純然たるイサーン地方内の重大都市でありながら、
バンコクの郊外都市という側面実態を持つ。)
コンケン(コンケーン)は、
イサーン地方各所からも交通が近く、イサーンの実質首都であると言える。
コンケン大学病院は最先端の設備を有している。
イサーンの人々は重度な施術治療が必要な場合、地元病院を出てこの病院を訪れる。
ウボンラチャターニ(略してウボンとタイ人は言う)
イサーン地方の東の要の歴史ある町
ウドンタニ(略してウドンとタイ人は言う)
一部タイ人の発するウボンとウドンの音の聞き取りは相当難度レベルのものである。
バス乗り場を聞く際は、日本人は絶対に 略して言ってはいけない。
全くの反対方向になってしまいます(ムゥクダハン市では特に注意して下さい)。
ベトナム北爆の米軍基地が在った為に、今尚ファラン(=西洋人)が多く居住しています。
これら都市の最大特徴は、バンコクと鉄道でつながっているという点です。

イサーン北部3県には、現在も鉄道線路は通じていない。
ウドンタニの西部方向チェンマイには鉄路があるのに、東部方向イサーン北部地域には鉄道延線が実現されて来なかった。
将来、イサーン西部のウドンタニ、イサーン東部のウボンラチャターニとイサーン北部地域の3都市を鉄路で結ぶ予定が為されている。
イサーン北部の鉄道空白実態は誠におかしく、後回しにして来たタイ国政府の落ち度のようでもある。
いつかは改善されなければならない事は明々白々であるが、実際の着工が一体いつの事になるのやらと多くのタイ人友達が言っている。

タイでは電話線網拡大に時間がかかる状況の中、
携帯電話の普及がそれを凌駕した。
同じ事が鉄道にも言える。
道路整備が進む中で、線路敷設は遅れる傾向となった。

タイの道路は結構しっかり作られている。
車の普及スピードがそれを促進した。
イサーン北部の道路整備の充実を知る日本人は、数少ない。

日本人は数えられる程しか居住しておらず、
この地で多くのタイ人達が日々暮らしている事を殆どの方が知らない。
日本人が観光に訪れる事もない。

もし読者の方がこのイサーン北部を訪れられたら、
イサーンは貧しいという、
今では全く間違っている偏見の考えを捨て去る事が出来るであろう。

何事も現実を見る事なく、事を語ってはいけません。
イサーンを知らずして、タイを語る事は出来ない・不可能であると
今はっきり断言出来ます。
(私もこの地に日本語教師として赴任するまでは、
知り得る事が出来なかった
多くの町の存在と人々の暮らしがそこには点在しています)


今年の「ロウ寺祭り」のイベント
(女王杯争奪長艇ボートレース・ロウ寺デコレーション展示・ロウ寺山車パレード)
を目的として、
当地サコンナコン県に
是非おいで下さい。

イサーンには、悠久の歴史があります。
タイ文化の原点が存在します。
タイ人とは一体どんな人達なのか?

様々なあなたの疑問を解き明かしてくれる
大きなカギがイサーンのあちこちに点在しています。
イサーン3県のご訪問を願うものであります。

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内 容 ニックネーム/日時
 今年になってから、ず〜っとブログが書かれていなかったので首をかしげておりました。今回、今年初めての記事を見て元気にご活躍の事と安心しました。
 長い文章なので、後でゆっくりと読ませていただきます。できたらイサーン地方を彷徨してみたいとも思っています <(_ _)>
oyaji
2011/05/15 06:14

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