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zoom RSS ブログ44弾 「プラサーッ・プゥン」がついに開幕した!!

<<   作成日時 : 2010/10/23 18:11   >>

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ブログ44弾 
「プラサーッ・プゥン」がついに開幕した!!
第1章:プラサーット・プゥンお披露目日 サイサワン道路前10月19日(火)20日(水)
第2章:僧侶1万人というスゴイ数が全国各地から大集結(去年5千人の2倍の数)
「超Bigサイバーッ(托鉢)」大会 早朝0600
プラサーット・プゥンお披露目日 サイサワン道路前10月21日(木)夜
第3章:「ヘェー(=パレード)・プラサーット・プゥン」10月22日(金)夜6時
Theme:日本の未来のために、みんなで作り、協力し、楽しめる
「みんなの大型パレード」を実施しよう!(これについては、次回ブログに掲載)

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(写真掲載)
@プラタァーット・チューン・チュム寺院
A第2章:プラサァーット・プゥン=ロウのお寺Miniature お披露目展示:21日木曜夜
Bノォンハーン・ホテル紹介
Cヘェー(=パレード)・プラサァーット・プゥン写真A
Dヘェー(=パレード)・プラサァーット・プゥン写真B

<ブログ44弾>
待ちに待った 大パレード
“ヘェー・プラサァーット・プゥン”
がようやく
行なわれた。
残念な事に、
今回のパレード(=ヘェー)自体は、少し規模が小さくなってしまっていた。
パレードがいつもより早く終わってしまったのだった。(運営方式の変更により?)

夜6時半少し前に家を出た。
渋滞の中自転車を漕いだ。
道路(去年見物した道路近く)途中の信号交差点を、
“カーブゥアン”が通り過ぎるのを見た。
カーブゥアンは日本語でいうところの山車である。
これが、町なかを通って行く風景は圧巻である。(クロス方向の車両通行を止めて)
感動が頭をめぐった。
しかしカーブゥアン通過が、時間的に早い気がした。

トゥンさんの店方向(=パレードのスタート地点)にも行きたかったが、
去年の通りがやはり良いのではと思い、そっちの方向へ向かった。
昨年同様のパレードがそこにあった。
しかし、パレードは何となく寂しい感じがした。
カーブゥアンの数とデコレーションカーの数が、減っているように感じたからである。

去年の地点に到着した。
去年ここにあったテッコンドーの道場は、もうココにはない。
何か違う場所に来てしまったようで、何故かチョッピリ淋しい気持ちがした。
写真を何枚か撮った。

私の名前を連呼している誰かが、向かって来る行列の中に居た。
モンコン君であった。
この君は、私にとって懐かしき意味ある人物である。
8年前の今頃、タイ居住者(=日本語の先生)として、
私はパンコンという小さな町に着いた。
この時に、校長の命令で長い時間私の到着を待ってくれていたのが、
モンコン君であった。
二つのスーツカバンと私の身を器用に乗せて、
居住する家へとバイクで連れて行ってくれた。
タイ生活の原点に関わった人物がモンコン君であった。
モンコン君は、
バーンファイ(パンコン町で毎年行なわれるロケット祭り)からの参加
だと言っていた。
最近連絡が無いので、どうしているのかと案じていた。
「どうしていますか的連絡と言うものは、時々しないといけないネ!」と
彼には言い聞かせている。
9割近くが私の方から、電話をかける。
彼は、かつての私の忠告アドバイスが頭に入っているのか、
「電話をかけないで、スミマセン。」と言った。
こういう言葉がタイ人の口から出るだけでも、
私の言った事の意味は存在した。
モンコンと一緒に写真を撮った。
少しではあっても、何らかの意味のある出会いとなった。
モンコン君以外にも、私に話し掛けるパンコン人がいた。
当地に相当長く居住しているので、
イベント地点に行けば、必ず顔見知りと出会う。
バンコクで元教え子と出会った事もあった。
タイ国内のどこに行っても、誰かと出会ってしまう可能性がある。
私が知らなくても、5千人近くのタイ人が私という人間の顔を知っている。
それ程長くこのタイに生活し、イサーンを初めとしてアチコチ出かけている。
私にとって大国タイは身近に、そして少し小さくなって来ているようである。

祭りは、去年より大分早めに終わった。
満足感が足りなかった。

足りない満足感を満たす為と、
パレード終着地点の様子をやはり見ておかなければと思い、
寺院へとペダルを漕いだ。
そこら中が渋滞しているので、行きなれた道を走って行った。

昨日勤務小学校前に展示されていたブゥアンは、
移動されずにそのまま展示されてあった。
ここにも多くの見物の人達が、昨日同様大勢いた。

ここに展示した事により、
見物客の混雑を回避しようとした主催者側の思惑が感じられた。

去年はパレード前日の日だけ、
サナームミィンムゥアン前に展示されていた。
展示されていたブゥアンは、翌日のパレードに出場したハズである。

今年は、我が勤務小学校前のサイサワン道路、
道路上に展覧する方式(=歩行者天国スタイルに変わっていた。
それは、それで悪い事ではなかった。
多くの人が、「綺麗なプラサーット・プゥン」を
間近にして、ゆっくりと見る事が出来るからである。

チューンチュム寺院に向かった事は、チョッピリ正解だった。
夜の闇の中に佇む寺院の風景は、心に残った。
24メートルのチェディーと寺院建物の全体景色は、私を魅了した。
寺の中を通り抜け、通用門を出た。
寺院の通用門を出たら、スゴイ人で溢れかえっていた。
自転車をしばらく停めて、写真を写していた。
警備のおまわりさんが、「これが終わりです。門の所で右へ曲がって下さ〜い。」
とハンドマイクで叫んでいるのが耳に入って来た。

何と、もうブゥアンは一台も見当たらない。
祭りのラストが、あまりにもあっけなかった。
何か失望感が私を襲った。

納得出来ないので、写真を撮りながらトゥンさんの店へと向かった。
パレード行進道路逆方向を走った。
交差点信号前では、統一されたピンクの服のオバサン達が、
竹ぼうきをもって道路を清掃していた。
(イベントが終われば、直ちに清掃に取り掛かる。これはなかなか良い事である。)
待ち望んでいたパレードは、あっけない感じで終わってしまった。

トゥンさんの店に着いた。

見物を終えた沢山の人達でごったがえしていた。
見慣れない人達が数多くそこに居た。

「食事客は沢山やって来て、食事屋台は「カイ・ディー(良く売れている)」。
でも私たちの店は、「カイ・マイディー(=売り上げが良くない)」」とボヤいていた。
それでも、
トゥンさんの店にも3割り増し程のお客さんが来ていた様子が、
私には感じられた。

今回のパレードを当て込み(2倍ほどの売り上げ期待)、
準備を整えたが、期待したほどの売り上げアップが出来なかったようである。

トゥンさんに聞いてみた。
わたし:「今日のパレードって一体何時にスタートしたの?」
トゥンさん:「4時からよ。」
わたし:「アレ、5時からじゃなかったの?」

私の疑問が解けた。

今回から、パレード当日その日もカーブゥアンが展示のままという形に変わった。
その事が、パレードの規模を縮小させた。
私の不満は、トゥンさんの不満でもあった。

わたし:「去年と比べて、今回のパレードって、小さくなったんじゃな〜い。」
トゥンさん:「そうよ。カーブゥアン(=decoration car)が7台ほどしかなかったわ。」
カーブゥアンの台数をシッカリ数えていたご主人の横入り情報が入った。
数は、9台に修正された。

彼らは、商売があるので、町中をそぞろ歩いての観客とはなれない。
しかし、販売しながら前方のパレード通過を
特等席的立場で見る事が出来る。
売り上げもさることながら、
彼らにとっても「ヘェープラサーットプゥン」は、待ち遠しきパレードなのである。

わたし:「カーブゥアンが小学校前の道路に展示されたままだったヨ。」
(私が数えた限りでは、ロウのお寺カーブゥアン7台位を含めて合計12、3台のデコレーションカー(=カーブゥアン)が展示されたままであった)
トゥンさん:ナルホドとの表情
     「今年は早く始まり過ぎだし。パレード参加のカーブゥアンも少なかったし・・・」

わたし:「去年の60%位の規模だったんじゃないの、今年は?」
彼女は、頷いた表情をした。

“アナタ”が、来年始めてこのパレードを見に来ても、
これまで述べた例年とのdifference は、(去年見に来ていない)アナタには分からない。
そのため来年始めて見に来ても、
このパレードに感動する事だけは間違いないと言っておきましょう。

<探偵ナイトスクープ風一人謎解ゲーム:「プラサーット・プゥン」とは、何か?>
「ロウそのものだけで作られた寺院模型」である事が、ついに分かった。
今回の展示スタイル変更が私に解答を授けてくれた。
英語が分かる国なら、誰になと聞いて正しい答を手に入れる事が可能だ。
タイでは、そうはいかない。
また地元のタイ人すらも良く分かっていない傾向が極めて高い。

前日夜遅く、自宅に帰って来て、
見物客や監視の警備が少なくなった中、
チョッピリタッチして、分かったのであった。

やっと、「プラサーット・プゥン」の意味が分かった。

「プラサーット・プゥン」とは、
木彫りの彫刻寺院の表面に、ロウを塗ったモノではなく、
それ自体(模型の寺院建物自体)が、ロウのみで製作されたものであった。

謎解きの答が手に入った私は、
「アーッ、アーッ。」と繰り返していた。

何でハッキリと説明しなかったのかとトゥンさんに失望しながら・・・

「プゥンはロウの事である。」コレは言ってくれた。
「プラサーットは格式高いお寺の事。」コレも言ってくれた。

「この立派なお寺を守っていく為に、お寺の模型をロウで作るの。」
「それを木の色で着色して本物の木の彫刻のように見せるの。」
「カーブゥアンを見れば、ロウで出来ているとは誰にも思えないわ。」
「何故かって?。」
「木の色や黄金色で着色してあり、どうしても木で作られたモノにしか見えないの!」

このように、丁寧に説明してくれれば、こんなに悩まずにすんだものを・・・
と、私は、トゥンさんの説明の行き届かなった点に少し不満を持った。

ひょっとしたら、
トゥンさん自身もプラサァーットがロウそのものだけで出来ている事に
確信が持ち得なかったのかも知れない。
パレード開催の日は、いつも販売に急がしい。
直ぐ近くで見る事が出来ても、それはタッチ出来る程の “間近” ではない。
どう見ても、
木で出来ているようにしか見えないのが、
「プラサァーット・プゥン」であるからだ。

しかし別の引っかかりの気持ちが、私には残る・・・
「当日シッカリ見る事ネ。」のmessage発言が説明話しの最後の方であったからだ。
彼女が「プラサァーット・プゥンの事実」を知っていたのかどうか?
新たな疑問が生じて来た・・・

<My Conclusion>:「プラサァーット・プゥン」とは?
“ロウソクの炎”というのは、移り行く“悠久の時”の象徴である。
その炎が流した涙が“ナムター・ティアン(=ロウ)”である。
そのロウを材料に
「プラタァーット・チューン・チュム寺院」のMiniature を製作し、
仏教への帰依の象徴とした。
ロウで作ったチューン・チュム寺院の模型にステキなカラーを着色した。
寺院建物内へと入る、長い上部階段が建物正面に存在する。
上部へと続くステキな階段を見ていると、誰もが安寧の天国を想起する。

「チューン・チュム寺院の模型」を見る時、
人々はいつか我が身に訪れる“安寧の天国”を想い、
更なる真摯な仏教の帰依を厚くして来たのである。

そんなステキな「プラサーット・チューン・チュム祭祀」

この祭りは、
末長く当地タイの人々に受け継いで行かれる事であろうと、私は思う・・・

ブログ記載及びアップロード:
10月23日土曜日

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