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zoom RSS 第41弾ブログ:ビザスタンプ獲得までの諸々@書類のかき集めStage

<<   作成日時 : 2010/10/14 16:10   >>

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第41弾ブログ:ビザスタンプ獲得までの諸々@書類のかき集めStage

あいうえお:ビザ延長(サコン)いつものダラダラとドタバタ
ABCDE:言語フェスタ(チャンタブリ) 恐怖?の運転
12345:バンコク 渋滞のラムカムヘン通り

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写真:チャンタブリ 3言語フェスタ@
写真:チャンタブリ 3言語フェスタA
写真:ラムカムヘン通り
写真:北部東北行きモーチットBus Terminalの行き方案内写真

あ 9月21日(火)労働局
に出かけ、用意すべき書類を貰った。8枚程。
全てタイ語で記入しなければならない。
英語記載併記項目があれば、
英語も書き入れなければならない。
タイ語の専門用語(職業的用語や法律用語)の類いは、
いまだに聞いていても分からない。
相手は、後日(申請日)の私の担当者となる為、
印象悪くなるような質問等は出来ない。
何とか聞く事は出来ても、相手のタイ語の意味は殆ど分からない。
この苦痛感に耐え、
黙って聞いている事を何年間か繰り返すと、いつかは徐々に分って来る。
教員としての労働ビザは、この8枚程度だけでは、とうてい済まない。
(約20枚分の書類と申請費用が要る)
この費用を自前で払わなければならない。

移民局:現在は所轄警察署内、ビザ延長費
労働局:労働ビザ延長費3000B+申請書類用紙費用100B=3100B

い9月22日(水)勤務小学校
へ出かけた。
労働局職員からもらって来た書類を、
事務職員ノォーンルゥンに渡した

A9月23日(木)朝一番のバス
で50キロ離れたパンコン商業短大へ向かう
         パンコン商業短大通用門入り口附近で、
学校所有バンに乗り込み、朝食を取る間も無く、直ちに出発。
         遠く700キロ以上離れたチャンタブリ県に向かう。
         現地到着は、夜遅くであろう。
         <参加者>英語アメリカ人男性D+その恋人タイ人女性・タイ人男性
              中国語中国人女性・中国人女性・タイ人女性
              日本語タイ人女性W
生徒各言語1名ずつの計3名
              運転手(用務員のおじさん)+日本人わたし の総勢12名

おじさんは、バンバン飛ばす
(交通事故等の渋滞がいつどこで起こっているのやら、
はたまたいつこれから起きるのやらかが分からない恐れから)

12人の重みか、タイヤの磨り減りかはたまた飛ばしすぎか?
とにかく、追い越しの仕方や信号交差点の通過の仕方が極めて乱暴で危ない。

私が社長ならこんな運転をする運転手はいらない。
途中で怖いと思った運転が何度かあった。
一瞬で、とんでもない恐ろしい事態が発生するかもしれない恐怖イメージに欠けている。
事故は複合原因の重なりによって、起きる。
よってレーサーであっても町中の交通事故で命を落としてしまう。
飛ばさなければならない緊急時であっても、
どこで飛ばして時間を稼ぐのかが最も重要である。
町なかで飛ばすこと事態が、
愚かで恐ろしい事なのだという基本概念が頭の中に入っていない。

何とか無事に、
夜の8時半頃、
タイ南東部チャンタブリ県都チャンタブリ市に着いた。
給油等途中休憩1時間を入れて12時間かかった(700キロ以上)。

晩ごはんは、
参加者一同宿泊ホテルへ入る道角のラーメン屋へ
=肉団子入り黄色ソバ=25バーツと安かった
B 9月24日(金)打ち合わせ会
C 9月25日(土)3言語フェスタ第1日目
夜は、市内中心部外れの焼肉ビュッフェ(S理事の奢り)
D 9月26日(日)3言語フェスタ第2日目
  当初予定の他校生徒は、来ていなかった?
晩ごはんは、金曜日と同じ屋台に一人出かけ。
ピィセェー=大盛りラーメン30B
ルゥークチン=肉団子・ユゥッ・イェッ(=沢山一杯の意味)
 肉団子10個も入っていた。
          このルゥークチンの味は何処も同じであるが、
ひときわ美味しい味がした。(新鮮度が高いように感じる味であった)
なかなか感じの良い接客の男性店主であった。
E 9月27日(月)チャンタブリバスターミナル発車11時半
        バンコクエカマイバスターミナル行き
        約15時半に着く、降り間違ってオンヌットで下車
         マクドでサムライバーガーセットを食べた(遅い昼食)
         そのあと、マクドミニでアイスクリームを買った。
         BTSでプロムポン下車、歩いてバス停に向かう。
         バスに乗ってラムカムヘンに向かった。
        
<バンコク名物 交通渋滞=ロットティット 車+ひっつく>
5時前後のバスに乗ってラムカムヘン大学通りに向かえば、
タイの人達が、忍耐強い要素をも併せ持っている事が分かるであろう。
時間帯によって恐ろしい渋滞に巻き込まれる。
僅か10キロチョットの距離なのに、1時間近くかかってしまう。
バスが込んでいる場合、席には座れない。
立っていると余計に汗が出てくる。
とにかく、何でこんなに暑いのとボヤキたくなるほど、
バンコクはいつでもうだるように暑い。
        タイ人友達の家で寝る(今回で2回目の御厄介、前回2晩、今回3晩)
9月28日(火)
9月29日(水)モーチットバスターミナル
へ切符を買いに出かけた(赤バス無料だった)
一人席が初めて買えた。

9月30日(木)エアーウドン 夜2000 モーチットを出発
        ラムカムヘン出発時(モーチットに向かう)、
土砂降りの雨をものともせず、
泣きながら?バスに乗り込む、
        雨宿りしなさいとの親切なラムカムヘンの売り子女性。

        バスが来たので、土砂降りの中乗り込もうとすると、
カバン一つ忘れているよとの優しい御指摘、
コンピュータ入りリュックと2つのカバンを持って、
ヤケクソでバスに乗り込む。
バスはバンカピを越えて高架橋を越えた辺りで停車した。
バスから降りる時に、またまた激しい土砂降り雨。
振り返りの行き過ぎたバンカピ交差点は、いつもの大渋滞。
バンカピ方向へ戻る事はせずに、
なけなしの金で、タクシーに乗る事を突如決断した。
(財布の中をのぞきながら)
果たして、間に合うのか?・・・
どんな運ちゃんなんだろう?の不安感・・・
10月1日(金)エアーウドンバスは、
順調に走った為か、
今までで最も早い、早朝0535分にパンコンに着いた。
        朝まだきの中、友達の家へソンテウで向かう事にした。30B払った。
        娘さんを学校に送って行きその後市場へ買出しに行く友達の車で、
パンコンバス停(新7前)まで送って貰った。
それから、サコンへ向かう。
まだ学校休み前の時期だったので、多くの学生が乗っていた。
さもアリナンと、バス停車位置附近で待っていた為、座る事が出来た。
1時間のちにサコンへ無事到着。
荷物が3つもあったが、サコンのキューワーンから歩いて帰った。
疲れていたが、早速荷物整理をした。
荷物整理を放たらかしにしておくと、
あとで、忘れて困る事が色々と出て来る。
帰ってからの1、2日間は、疲れた身体の為に良く眠った。
10月2日(土)
10月3日(日)

え 10月4日(月)学校(正常授業+一部低学年期末テスト)
に書類一式を取りに行った(生徒達は登校していた)
事務担当職員ノォーンルゥン:
私の再採用について校長から承認許可が出ていないので、
書類は出来ていない。今週中金曜日までに用意できるでしょうとの事。

チャンタブリに行く前に(9月22日(水)勤務小学校=12日前)、
必要書類作成依頼をしておいたのに、
まだ用意されていないとは。
常にこのような状態のタイである。
お 10月5日(火)学校生徒登校していた(一部学年の期末テスト日)
この日が正式な最終登校日であろう。
か 10月6日(水)色別対抗運動会
(当初9月下旬(ほんの最近)
がありますよ、第1週にと
A先生から聞いていた。
しかし、運動会をやる気配がまったくしない。
タイお決まりの急遽変更中止になったと考えられる。
き 10月7日(木)A先生に電話
          をすると、火曜日には既に書類が出来ていたらしい。
          ルゥンからは、連絡などまったく入っては来なかった。
く 10月8日(金)学校に
          出かけ、ノォーンルゥンから書類を貰った。
          この書類は一度だけの発行だから、
コピーを取っておいてねと親切なお言葉
        マイフォルダー内で新しいフォルダーを作り、
今回ルゥンから貰った書類一式をスキャナーして、
10月8日受け取り書類を格納した。

A先生に電話した。
A先生は、電話を取った。(電話に出る確率50%くらい)
今は外にいる。用事中!(恐らく買い物も含まれる)との事。
用事が済んだら、ワリチャプゥーム(60キロ先)に出かけるとの事。
この1週間の間は、A先生と連絡が取れなかった。
(電話を取らない為、勿論用事で忙しいのであろうが)
ワリチャに出かける前に家に戻って来るはずだと考え、
A先生宅でA先生を待つ事にした。
用事を済ませたA先生が、車で帰って来た

気がかりの書類を見せた。

労働局宛て
移民局宛て
の2つをルゥンから貰ったんですが、
(忙しいのか面倒臭いのか、タイ人の仕事は何処もこのようであるので→綺麗に仕分けしてクリップ等で止めていない)
労働局宛てと移民局宛てに分けて下さいと頼んだ。

A先生に書類を分けてもらいながら、質問の問いかけをする。
私:「これって、何ですか?」
イライラ顔でタイ語で答えてくれるが、
何を言っているのか分からない。

分かってなさそうな私の顔を見て、
出ました下手糞英語。

彼女は、滅多に英語を使おうとしない。
旦那さんが、英語がちょっと出来るらしいが、
以前、
旦那さんに「これって英語で何と言うの?」と聞いた事があった。
(旦那さんも直ちに答えられなかった、旦那さんに尋ねておきながら、あんたってダメね=英語出来ないジャンとの表情を当の旦那さんに返すA先生)

簡単なタイ語で説明してくれれば、私は分かるのに。
これが意外とタイ人にとっては難しい事であるようだ。
というより、タイ人にとっては
イライラして、したくない事のようだ。

私に何とか分かってもらおうとして、英語使用の道を取ろうとする、
A先生だけでなく、大多数のタイ人がこの道に入り込んで、
結果泥沼わけ分からない状態に入って行ってしまう。
タイ人が英語を話しだしたら、
それはDeadend 又は Deadlock に突入したサインだ。
救急車サインが激しく黄色点滅し始めた事を意味する。
この先、こちらが何か言おうものなら、
恐ろしい泥沼状態の迷走暴走となる。
この場合の対処を誤ると、
取り返しがつかない事態に入っていってしまう恐れがある。
相手の苛立ちの納まりを、只々おとなしく待つ以外にない。

何で、簡単なタイ語で説明する事が出来ないのか?
私には、常の疑問である。

これに対する私の答え:
指示するpoint out 〜to(for) 承認する、受け入れるapprove  
許可する admit 期間term 期限deadline/term 提出するsubmit
等の英語単語各々がチャッチャッと頭から出て来ない。
(これらの英単語をかつて大学等で勉強した事は間違いない。
しかし徹底的に反復暗記した訳ではない=頑張って覚えた訳ではないので、頭の中からサッサと出てこない)
英単語を使用して、英語の文章化が出来ない大欠陥があると考えられる。

これが、フィリピン人なら、
簡単な英語で半ば強引に(正しい正当英語からは程遠い)
英語の文章を作り出す事が出来る。
このフィリピン人並みでもいい。
そんな英語文章作成能力がなぜ獲得出来ないのか?

タイでも難しい英語を学んでいる。
しかし、口頭で会話出来る能力は殆ど無い。
かつての日本の英語教育も同じようなものだった。
そうだったからこそ、
日本では月謝を払ってまで英語学校に通おうとした日本人が多い。
このお金は、無駄ではない。そうとう発話能力が向上発展する。

タイ人も年々豊かになって来ている。
様々なステージで、只今もっぱら日本の歴史の後を追いかけているのだ。
これからは、稼ぎの一部を英語学校の授業料に使うタイ人も増えて来る事は間違いない。
実際、首都バンコクでは英語学校が相当な拡がりを見せていると私は感じている。
このような流れが地方に波及し出すのには、
あと5年位はかかるであろうと私は考えている。

私は、タイ人に英語能力を身に付けさせたいものだと思っている。
しかし、
キィーキアット(なまけもの・面倒臭がり)キィーブゥア(飽き性)    
のタイ人が、正統英語を身に付ける事が出来るのは、
一体いつの日の事なのであろうか?

勉強にはお金がかかる。
日本では、自己成長の為には、
必要なお金という認識が当たり前の考え方となっている。

キィーニィアオで生活カツカツのタイ人が、
お金を授業料に回す事が出来るのは、
一体いつの日に実現出来るのであろうか?


A先生:
書類を見て、
難しい顔!!
「教育省からの教員認定のかみが無いジャン!」
「この2枚の書類では、先生の教員認定書類とは、
やはりならないわ。」

「今からこの書類2枚
を学校に持って行って、ノォーンルゥンに渡しなさい。」
(A先生がチィージャーンとか何とかしきりに言っている。
これはどうも単なる指示書書類のようだ)

私:「彼女に渡してから、そのあと彼女に何をして貰ったらいいんですか?」
  (このような問いかけの必要性については、文末に書き添える)

A先生:「クルッサパーに、
この書類をファックスで急いで送ってもらうの。」

「直ちに、教育省宛にファックスを送らないと、時間が無いジャン。」
「今日金曜日中に、ファックスを送ってしまわないと・・・」

あなたを教師として認めますという教育省認証の書類が必要なのだとメッセージをしきりに言っているのである。
(私の期限切れは16日土曜、よって15日金曜日までに全てを終わらないといけない。
このせっぱつまり状態が、A先生から発火し始めた)

A先生が指示する事には、ルゥンは良く従う。
A先生から指示された際の、仕事の的確度合いが高い。
それは、A先生が物事の判断が的確だと、
ルゥン自身が認めているからだ。
おまけに、タイ人同士なのでいとも簡単に話しがスイスイと進む。
そのごく当たり前の風景を、
いつも不思議な気持ちを持って、ボーッと眺めている私である。

10月9日(土)
10月10日(日)
け10月11日(月)学校へ出かけた。
ノォーンルゥンが金曜日に実行したであろうファックスの返答=
即ち教育省からの教師として認定しますの書類がファックスで届い    
て来ているかどうか?の確認及びその受け取りの為。


学校へ向かう前に
私には、この土日の間に生じた疑問があり、
A先生宅へ向かった。
A先生宅での
ソォーンピセェーStart(秋休みだけの生徒もいる?)満員御礼!

私:  「どうもナンスゥーラップローンが見当たらないようなんですが・・・」
         (昨日からの疑問点をぶつけた
          去年の申請時に必要となった書類を持参して行った)

A先生:「そんなの、要るの?」「もう既にあるジャン。この書類じゃないの。」
「これで、いいんじゃなーい。」
私:  「いや、必要なのはタイ語だけで書かれた学校発行の書類であって、
私の記憶ではコレではないと思うんですが・・・」
A先生:「何言ってんの、アンタ。」
同時に、
「いやこの人の言っている意味、即ち危惧している事は?・・・」
両方の考えが頭に駆け巡っている顔をしている。

結果、タイ語でメッセージを書いてくれた。赤ボールペンで。
(1)教育省宛て:教師として認定する書類の依頼文
(2)ナンスゥーラップローン(保証書)

こうして、
私の意図の(2)番の書類が
用意されるであろう展開をようやく勝ち取った
A先生からの指示書を持って学校へ向かった。

学校に行くと、
何と(1)の答えの結果が既に出ていた。
教育省からのファックスによる回答があったものと思われる。
日本人K氏を教員として認定しますの書類は、
ずっと以前に貴校に送っているはずですが・・・
のファックス回答により、
ルゥンが、学校内の保管ファイルを再度調べ直した結果、出て来た書面であった。

ルゥンからその書類を渡された。
私は、この書面を初めて見た。本物の自筆のサインが4人ほどあった。

去年、バンコクの教育省に一人乗り込んで教員認証をしてもらった。
その時の教育省担当女性は、最初は90日間の認定、その後の認定の書面については後日送りますと言っていた。

この後日の書類が学校に届いているのかどうかについて、A先生に疑問をぶつけた事が以前にあった。
「そんなもん、届いていませんよ。」「届いていたら先生に連絡があるはずだって。」
とか何とか言っていた。
(このように無責任極まりなく、ほとんど適当に返答する傾向が大方のタイ人にある)

当の私に関わる事であるのに、
この書類の送付があった事について、私への報告さえないうちに
学校管理のファイル内に密かに?閉じ込められていたのである。

私のビザ発給の為にも必要な、私の関係書類。
この書類の存在は最重大なものである。
タイ国国立学校で教える為には、教育省の認定書面が要るという特別通達法規がある。
本来は、学校に到着した時点で私に現物を見せるなり、それがダメだというならコピー書面でも渡してくれるのが本当だ。
そのコピー1つがあれば、やきもきする事態など起こりえないのに。

このような仕打ち?(別に意図したイジワルではなく、学校側の単なる分かっていまへん状態並びに配慮の無さ)にあっても、
これで問題無いジャン

笑って済まさなければ、
タイでは生きていけない。
怒ったり指摘したりすれば、嫌われる。
何らかの意見表明の類いはしても良いし、時に必要なものである。
今後の同胞の為の意味においても。
しかし、
殊更荒立てたり、一方的と受け取られる発言や行動は、ダメである。
A先生にやんわり伝える方法がいいだろうと思っている。
とにかく、
怒る事が本当に少なくなり、成長した?私ではある。





<このような問いかけの必要性について>
ルゥンに、適切に動いてもらわないといけない。
時間に大幅な余裕があれば、単に黙って書類を渡すだけでいい。
しかし、物事の遂行を誰かに依頼する場合には、
どうしても何らかの具体的指示が必要になって来る。

A先生にウザがられようとも、このようなfollow up一言がどうしても必要になって来る。
(A先生は、私のビザ問題に関して何らの担当者でもない。
私にとってはobserverでありhelper でありmediatorでしかない。
しかし、A先生の存在は私にとってホッとする極めて大事な存在である )

また、このような一言を受容して聞き入れてもらう為には、
信頼関係が人間関係の必須事項となって来る。
土産物プレゼント、貴重な情報の提供、相手の失敗やデタラメを許す寛大な心の発揮、相手の話に常にgentleに耳を傾け、ねぎらいと賞賛の言葉を投げかける事に努め、時折の愚痴をも優しく受容して聞く事の出来る、
相手からすれば信頼度と優しさ度の高い人物とならなければならない。

海外生活とは、溜息まじりの具体的確認の連続と忍耐である。

人に物事を頼む事は、
この世で最も難度の高きモノである。
これを外国の地で行なう事は、
言語能力・communication 能力を含めて、正に最高難度のものである。
たとえ給料が若干安めになろうとも、
ビザ手続きは、一切を雇用先にやってもらった方がいい。

手続きの中身を具体的に知る事よりも、
相手が欲しているものを(しっかり教えて下さい)、
規律正しく適切に行なう。
この事こそが、肝要な事なのだと肝に銘じておくべきである。

記載2010年10月12日(火)
uproad 14日(木)

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