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zoom RSS 第24弾ブログPart1(次回25弾Part 2で完結)<この世にブログをrelease する意味>

<<   作成日時 : 2009/12/02 00:51   >>

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第24弾ブログPart1(次回25弾Part 2で完結)
:泰国国王のHappy Birthday(12/5) が近い!
 自身の誕生日も、もうすぐそこまで。
<この世にブログをrelease する意味とは、一体何なのか?>我が考察
<在タイブロガー諸氏存在が意味するモノ>
<サバーイジャイ(快適感)をゲットしたくて、人は人生を歩き続ける>
<ブログというものは、必然的に出現して来た現在及び未来へのmessage>

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上側 国王様お誕生日おめでとうございます。Made by using Thailand Tourism papers
下側 サコンナコン市風景2 my original my shots





<自らのbirthday を間近にして、今思う事>
誕生日が1年の暮れの月と言う事は、有り難い事だと思っている。
そして、2009年もまもなく終わりを告げようとしている。
現在の合法的タイの滞在が、まもなく2年を越える。
来年3月早々に、2年以上振りに日本へ帰国する。
これまで時折私を襲って来た日本に帰りたいfeelingも、近頃は当地の生活に慣れてきたのか、精神的ホームシック病に取り付かれる事は滅多に無い。

日本のニュースはインターネットで毎日、情報が入る。
色んな悲惨なニュースや、聞きたくも無い暗いニュース、政治のタラタラ進展具合、いかに民主党天下になれども国債発行が驚きの40兆円となる事は避けられない等の記事を読むにつけ、日本へ帰りたい熱い思いは湧いて来ない。

日本は殆ど何にも変わっていない。
老化だけが進行しているかの印象を持つ。
もっと明るい未来の話は、ゴロゴロと存在しないのか?
残念ではあるが、そのような感じ方を持つ事は出来ない。

一頃流行った‘閉塞感’の空気の中に日本が今尚閉じ込められているように感じ、思われ、あこがれ素敵ニッポンがもう再び戻って来る事はないのだと、寂しい気持ちが私を覆う。

<在タイブロガー諸氏存在が意味するモノ>
<サバーイジャイ(快適感)をゲットしたくて、人は人生を歩き続ける>
最近、タイ在住者のブログをよく読む。
彼ら諸氏の在住理由と目的は、様々である。
望まれている希望や夢には多くのvariety が有る。

人の暮らしは、何処の地にも安住な地など存在しなかった事が、古今東西の現実である。
しかし、人は苦しく辛い日々の合間に、時に幸せ感を感じ、未来の安寧を願い、自分を守り家族を守って来た。
幸せな気持ちになれる事がどれだけ多いかが、人間の望みである。
未来が快適感にどれ位オブラートされているのかが、未来へ行き続けて行く人間を支えている。
今は苦しくても、未来に安寧があるのだと思えれば、挫折や絶望から再び立ち上がり歩き出して行く事が出来る。
サバーイジャイ(心の快適感)を求めて、人はこれまでに多くのモノを発明して来た。
それが、地球号の支配者というstatus をひとに与えて来た。
産業技術の発展進行に伴い、個々の人間が求めるサバーイジャイは、全体としてのサバーイジャイとはなりにくい世の中になってしまった。
車社会がもたらした?2酸化炭素飽和が地球温暖化現象を引き起こしている。
個々のサバーイジャイを確保しながら、全体としての何らかの規制・統制が必要になって来た。
個人とパブリックの有りようが、大きく問われ出した、人の世へと変化して来ている。

<何らかのサバーイジャイが存在していた良きSYOWA の時代>
<昭和を駆け抜けた 友 が一人旅立って行った>
しかし、サバーイジャイ(心の快適感)が、
かつての昭和時代前中期には存在していた。
個人と家族、村と町、弱き者と強き者、動物と人間のバランスがサバージャイに満ち溢れた良き時代。
頑張れば、未来のしあわせの匂いがして来るような感じ(サバーイジャイ感)の空気の中に己の存在があった。

「あんな時代はもう2度と無いでしょう。」との溜息をある人から聞いた事がある。
その時は、「そうかなあ?、又いつかあるんじゃない?」と私は、少し懐疑的に聞いていた。
そのように受け取ったはずの、その時の言葉が今も耳をついて離れない。
彼の言葉、彼の語り口、その時の彼の表情が、今も鮮明に脳裏に残っている。
大学時代の学友TKが、50歳目前にこの世とオサラバした。
友には、躁鬱症の心の病があった。
中学時代の多感になり出した頃に、その病が彼に訪れた。
以来、彼はその病と人生の終焉まで同居し続けた。
TKは、芸術家肌のギター名手であり、アートの才能に長けた繊細が服を着たような人物であった。
余りに繊細過ぎる事を‘病い’と彼の兄貴は認定していた。
彼は、大量の薬と友に、故郷の海岸でこの世に別れを告げた。
何が彼を駆り立て、後押ししたのかは、私には分らない。
しかし、彼の辛かった気持ちにシンクロナイズする時、私には絶望感と寂寥感が私を襲う。
友も時には、サバーイジャイの楽しい日々も沢山送った事であろう。
しかし、彼は机や書類を綺麗に片付けた後に、浜辺に永遠に横たわった。
そういう結果に終わった事は、「アイツはサバーイジャイじゃなかったんと違うのか?」
私には、その正しき答えが分らない。

良き昭和はもう戻らないとシミジミ語ったその人は、友TKが長くアルバイトし続けた先のメガネ屋さんの経営者である。
友TKを彼の店に訪ねていって、親友TKのこの世の不在を知った。
友の自宅を訪ずれ、慟哭の内に線香をあげた。

<この世にブログをrelease する意味と考えとは、一体何なのか?>我が考察
在タイブロガー、特にロングステイビザの多くの人達が、
日本よりもタイの地でついえたいと書いておられる。
タイの暮らしの方が、全てのトータルファクターによりサバーイジャイが高いと判断されておられるのだ。
全ての人間が全ての満足を得られる事は、永久的に存在しない。
しかし、幸せ感をより多く手に入れられる生き方を、人は求め続けて生きている。
タイには、日本人を惹き付けて放さない何かがある事を、
自分的には悔しくて認めたくはない。
しかし、やはり何かがあるのだとしか言い様がない。
タイで人生を全うしたい日本人達が、大きく望んでいるモノとは一体何なのか?

気に入っているタイfactor のアレコレを、時間をかけてaskingしてかき集める必要が、日本のリーダー達にはあるのではないのか?
日本人にとっての様々な思いや考え方の現在時点の問題が、外国で生活を送るロングステイ諸氏とのasking interview によって大きく浮かび上がって来るものと私は思っている。

彼らは、何も分からないレベルの無能な人達などでは決してなく、また適当にスーダラ・スーダラと生きてこられた人達なのでは決して無い。
彼らが物事に真剣に取り組み、
時に全力の炎で生きられて来たのだという事が.
文面からヒシヒシと伝わって来る。

<ブログというものは、
インターネット社会発展に伴って必然的に発生して来た、
時に苦しく辛い人々がサバーイジャイを求めて発信する、
現在及び未来へのメッセージなのだ>

自らブログを出しているはずのブロガーの大多数が、
その人生の努力の道筋を、ブログ上で明るみに語られる事は、殆どない。
辛き思い出を公開する事を控えたいのは、人としての当たり前の感情である。
よって、この種の情報がブログで述べられる事は、殆どないのだ。
しかし、文面からその人の思いや考え方人生への処し方は、大きく見えてくる。
文章から色んなモノが滲み、沁み出て来る。
それゆえ文章というものは、
時にニセモノ要素も高く、時に恐ろしい程の本物ファクターも高いスゴイものなのだ。

ブログは重要な情報ソース獲得だけの為にdeveloping しているのではない。
意見を求め、反響を求め、自己の納得を求め、他人からの共感を求め、再び立ち上がろうとする人間を大きくサポートしているのだ。
ブログはインターネットが必然的に生み出した、
現在社会の警告メッセージであり、未来の光への情報であるのだ。

いかにその国の言語や文化に精通しようとも、幼少期・青年期を日本で過ごした‘日本人’達にとって、異国での暮らしは時に寂寥感・孤独感の伴うものである。
誰もが自己コントロールしながら、必死で生きている。
現在、あらゆる国と地域に日本人生活者の存在がある。
外地で暮らす人々にとって最も必要な能力は、
語学よりも何よりも「自己統制能力」と「環境順応能力」である。

そうではあっても、日本人としての情感というものは永久に私達と道連れである。
言わば、自己存在と表裏一体のものが、日本人的情感と納得感である。
そのあたりの私達の悩みが、その国の友達から100%理解される可能性は極めて少ない。
かゆいところに手が届く何かを海外ブロガー達は望み、
時に躊躇したいかも知れない?数々のpreciousな情報を潔く公開しているのだ。
読者サイドは単に読んで利用するのではなく、ブロガーのサバージャイを求める気持ちと感性を汲み取り分って頂きたいと思います。
有益な情報ゲットと引き換えに、愛の心をブロガー諸氏に・・・

人の道は時に茨の道ではあっても、
より多くのサバーイジャイの中にいる事が出来れば、
この世に生きてよかったなあと、いつか振り返る事が出来るであろう。

つい最近、各国の人々の幸せ感じ度度数が発表された。
南米諸国、即ちラテン民族の大らかな感性が大きく幸せ感じ度とシンクロしている。
私がチェックした範囲では、どうもタイ人のデーターは無かった。
もしあれば、20位以内いや10位辺りに躍り出てくるだろうと、確信的に私は思っている。
国王の誕生日が近々に迫りつつある現在、タイ国民の幸せ感じ度が大きく上昇しているらしい事が‘ブログ・タイの地元新聞を読む’の記事に最近掲載されていた。
国王へのlove feeling を持っているタイの人達は、サバージャイ探しの名人達である。
もし、幸せ感じ度調査がタイで行なわれていたならば、当然トップ位置にタイが躍り出ていた事であろうと私は思う。
ある南米大好きブロガーの人が、
「タイはアジアの南米ですな。」と私に言った事があり、
本質を突いた彼の視点に、私は大きく頷いてしまった事があった。

一方、日本を始めイギリス、アメリカ等の先進諸国の幸せ感じ度合いは、軒並み50位内にも入らない。
稼ぎ(=給料)が高くても、住宅費や物価がベラボウに高いのでは、サバーイジャイfeelingなど持つ事は出来ない。
子供の教育費等にかかるお金も、余りに高すぎる。
可愛い?我が子の為に、親が働く構造と言うのは、世界のイズコにも存在する。
しかし、人がコドモの為のみでなく、自らの行き方と人生のありようをも大切にしなければと考える気持ちも、現在世界の人々の共通の考え方である。
働きアリとなって、子供の為にせっせと‘美味しいもの’を持って帰って来ても、
子供のパッとしない将来の未来が丸見え状態の今日では、疲れだけが残る。
この状況は、何としてでも改善して行かなければならない。

何かの為に、自らを燃焼しつくす事が、
人生の喜び・意義と大きく一致してこそ、
頑張る事に意味と納得感がある。

真面目に生きた者が報われる社会でなければ、
この世の一体、何に意味があろうというのか?

記載及びアップロード091201(火)


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内 容 ニックネーム/日時
タイ人のすばらしい点は、ひとなつっこい事だと思います。人間が好きな人が多い。だから、人間不信に陥った外国人は、一時的に開放感を味わえたりする。住むとなると、また別のタイ人に対する不信感が生まれてきたりしますが。
日本の美徳は、他人を思いやる気持ち、これに尽きるとおもいます。財布を落として帰ってくる国なんか、他にないわけですから。
どちらも、失われてほしくない、美徳です。
川田重樹
2009/12/03 14:06

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