タイ国イサーン地方サコンナコン県便り

アクセスカウンタ

zoom RSS ブログ19弾:ムゥアンダーム」の日常を送る事で何かが見えて来るのかもしれない・・・

<<   作成日時 : 2009/11/13 00:03   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

ブログ19弾
<今年も「校内学年別珠算競技会」を実施したい>
「ムゥアンダーム」の日常を送る事で何かが見えて来るのかもしれない・・・


画像


画像

画像


上段photo:去年競技会の入賞者生徒集合写真
下段photo:「ムゥアンダーム」の朝食
      コーヒー10B+カノムパン7B+カイ・ガタァー=目玉焼き20B=計37B
                パン    卵 フライパン

<今年も「校内学年別珠算競技会」を実施したい>学校内学年別珠算競技会施行時期が近々に迫っている。

学校当局が、そう思い予定化している(=行事としてスケジュール化している)訳ではない。
去年、私の発案で学校内学年別珠算競技会を施行した。

競技会の問題作りからはじまって、当日の大会施行運営及び賞品確保と賞状作りまで、全て一人で行なった。
但し、競技会の当日は、尊敬する6年生担当教師のA先生に手伝って貰った。
少しでも価値あり意味のある競技会にする為に、学校教科長(実質No2 or No3)のD先生に競技会に先立つ挨拶訓示をして頂いた。

タイでは色んな行事が常にあり、日本より遥かに多い数(日本の2,3倍はある)だ。
そして、タイ人は競争好き・負けず嫌いの国民的性格を有している。

<珠算競技会を実施する意味とは>しかし、そろばんの競技会などそれまで全く経験していないので、計時前のプリントの伏せ方・選手番号の記入、号令により取るべきアクション(用意始め!/止め!)等、多くの教えなければいけない事があり、大変な事であった。
A先生も私も、熱帯タイのうだるようなアツサの中で、子供達への指導に取り組んだ。
外国人の私一人では、到底キチンと出来なかったであろうと思う。
当日のA先生の大きなヘルプは、今も鮮やかに思い出す事が出来る。

頑張れば、賞品が貰え、賞状がもらえ、家に帰れば両親を初め家族の多くから祝福の温かい賛辞まで貰う事が出来る。
特に賞状など一度も貰った事のない児童にとっては、エポックメーキングな忘れられない思い出となる。
その後の児童のやる気の増大こそが、
競技会(ギィラァー=event・ケンカァン=competition)の究極の目的である。
参加生徒全てが、光り輝くやる気の眼を持つ訳では無い。
しかし、その後のやる気アップに大きく貢献する有意義な意味が競技会には存在する。

何より、クラスの友達や知らない他のクラスの生徒と、算盤という道具を使って計算の優劣を競う競技会というものは、生徒にとって大きな刺激であり楽しみなイベントである。

楽しく(サヌック・形容詞叙述的用法サヌゥック・サナァーン/楽しいThis is fan.)
ドキドキする(トゥーン・テェン=exciting)緊張感(exciting feeling)
を経験出来る事は、児童の情操教育にとって大きな意味がある。
頑張って好成績を獲得出来れば、嬉しい賞品と賞状までが貰える。

珠算の競技会では、日頃の練習の成果が如実に表れる。
賞品が欲しいという気持ちや考えだけで、決して高得点が取れる訳ではない。

<競技会での成績というものは「正直」である>
<千金の値の教育的効果>
競技会や検定試験に於いて、緊張して実力が上手く発揮出来ませんでしたたのexcuse (=言い訳)をよく耳にする。
計時して競う競技会には、インチキや当てずっぽが入る余地など露ほど位しかない。
全くナイと言ってもいいくらいだ。
「緊張による舞い上がり」は、人間なら誰しもがそういう状態になる。
多少のプラスマイナスが成績結果に出現する事もあろうが、殆どの場合結果というものは、それまでの実力成績が正直に出るものだ。
競技会当日に、指導先生サイドが驚くような点数アップを発揮する生徒も、時には出現する。
しかし、競技会当日までに、既に実力が温められており、当日にその成果が発揮されただけに過ぎない。(まったくのマグレ(=flock)ではない)

しかし、こういった経験はその選手にとって、今後に於いて‘大きな意味’を持つ。
先生側が、ある種当然の結果だと割り切ったとしても、生徒本人には自己の珠算能力の確かな伸長が既に存在していたのだと考える事の出来るチカラは無い。
当人にとっては、かつて味わった事のない驚きを伴った大きな喜びが与えられる。
本人が本人なりの成果を発揮しただけに過ぎなくても、当人は競技会を大切に真剣に取り組んだ結果なのだという、思いを大きく持つ事になる。
この教育的効果には、千金の価値がある。
一生懸命何かを為したという経験こそが、更なるやる気の発露へとつながって行く。
そろばん以外の勉強にも、大きな意味有る価値観を生徒に授けた意味は極めて大きい。

<教師冥利>

入賞した当人には、「よく頑張ったな。」「エライぞ。」と感情発露の温かい短い言葉が、大きな温かみを持つ。
生徒の方は、先生に対して親しみの気持ちを自然と持ち、敬愛の気持ちすら持ってくれるかも知れない。
人の温かい好意の心などどこにも売っていない。
可愛い生徒から、親しんで敬愛される事は、先生のみが享受出来得るありがたい‘心のプレゼント’であり、誠に教師冥利に尽きるものである。

<有り難かった協賛会社からのヘルプ>
当地は日本ではない。
しかし、子供の気持ちや考え方に大きな違いがあるハズはない。

何かと意味ファクターの高い珠算競技会をどうしてでも実施したかった私の思いが形となった事は、有り難く嬉しい限りであった。

競技会の賞品を意味ある形で、生徒達に提供したかった。
自らの財布の負担も減る。
私は、日本の算盤販売会社と日本の文具メーカータイ国支社の2社に、協賛品の提供をお願いした。
依頼文の作成を初めとして、電話代などの通信費(時に外国郵便代や国際電話)にわが財布の中身はサビシイものとなって行った。
交渉事、ましてこちらサイドから頼む形では、コチラの努力無しに成就するものではない。
又この苦労は、他の人に分かる事は相当難しい事なので、一人孤軍奮闘する気持ちと姿勢でやり抜いた。

結果両会社から温かい協賛を頂く事が出来た。
(学校全体第1位の生徒には、両会社に対する感謝の手紙を読ませ、ビデオ録りした。
その感謝状も両社に送付した。)
昨年度は御社各位のご協力により、競技会はつつがなく施行する事が出来ました。
この場を借りて改めて感謝の気持ちを表明させて頂くものであります。

来週内までには、再度のお願いのご連絡を差し上げないといけない。
また色々と忙しくなって来る。

<routine で monotonous単調 な日常が流れる >まもなく、今年も終わりを告げる・・・
routine な日々と季節の移り変わり、しかしそうだからこそ、ここタイに存在していた意味があったのだと思いたい。

routine とは、route 道・道筋。
同じ道を辿るような、日常の日々の意味である。
コレをタイ語に訳せば、タイ人の大好きな言葉の一つ=ムゥアンダゥームとなる。
いつも朝出掛ける、朝食堂(自転車で5分)。
主人の顔を見て、
「ムゥアンダゥーム。」と言う。
※ムゥアン・カン=〜と同じ/相変わらずです=ルゥアイ×2)
意味は、「いつもの例のヤツをお願いします。」

単調な日々の繰り返しの日々の生活。
「ムゥアンダーム」とは、‘生きている幸せ’の有り難い言葉なのかもしれない・・・

091112記載及びアップロード

にほんブログ村 海外生活ブログ タイ情報へ
にほんブログ村

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ブログ19弾:ムゥアンダーム」の日常を送る事で何かが見えて来るのかもしれない・・・ タイ国イサーン地方サコンナコン県便り/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる