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zoom RSS ブログ第8弾の1:タイ人とは、一体どんな人達か?彼らと付き合って行くアレコレ他

<<   作成日時 : 2009/10/03 22:32   >>

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ブログ第8弾その1
タイ人とはどんな人達か?彼らと付き合って行くpoint アレコレ
>他

サコンナコン第1位の歴史を誇る、ワット・タァーッ・チョン・チュムお寺建立記念パレード in Sakonnakhon (09年9月30日〜10月3日)
画像

9/30 (水)ワット・タァーッ・チョーン・チュムお寺建立記念週間初日
10/1(木):バンド出演によるMusic Stage
10/2 (金):祝いの山車展示サコンラー高校前(屋台諸々有りの秋?の家族ソゾロ歩き)
10/3 (金)夜6時から:サコンナコン市内山車パレード:コレは必見の価値あり、見ごたえがあります。
タイでは季節の節目行事が大切に残っている。
この頃、綺麗なFull Moonも登場する。

上記写真は10月2日(金)曜日夜に撮影した。
タイの人々は、喜びが素直に顔に出る。
くったくが無い彼ら達を見て、私の心は久しぶりに温かく和んだ。
途中、我が生徒小2ペェーワァーちゃん一家とヒョッコリ出会いショットした。

<タイ人児童に対する教育は、タイ人先生方でも困っている>
<我が子が先生に叱られた場合に取るべき行動とは?>


<滞在延長手続きが近々に迫っている>今年の2月13日にノンイミグラント許可スタンプを貰っている。
その失効日は、10月17日だ。(移民局にはその3、4日前までに行かないといけない)
延長手続き諸々が近々に迫っている。

労働局に出かけ、勤務場所追加申請をする。
その後、市役所税務課に行って税金申告書を済ませる。
その税金申告書が次回(といっても近々に迫っているが)滞在延長時には、必要となる。
1年間、勤務者(私の場合は教師)として居住すると、過去1年間の居住に対する税金申告書が必要になる。
この書類が無いと、滞在延長ビザ手続きが出来ない。

教師として引き続き働き居住する場合は、タイ国教育省本省の認可証明書が必要となる。
県内の教育省サインでは、ビザ延長は出来ない。
よって、バンコクまで出かけなければならない。
その前に、タイ教育省本省担当官宛の推薦申請を副校長格に作成してもらわなければならない。

今日2年生の授業をしていた食堂に、
書類作製部室(タイ語の妥当邦訳は執務室)の責任者格の女性がやって来た。
後で執務室まで来るようにと言った。
「なーんだ、ちゃんとやってくれているヤンか。」
「アレ?例の書類、もう出来たんかいな。」
「タイ人も、最近ではチャッチャと事務処理が出来るようになってきたんだナ!」
と思っていたら、実際は給料の支払いの事であった。
バンコクに出かけ不在中のダラー先生が、気を使ってくれて執務課に給料支払い指示を出してくれていただけであった。

タイでは、裏切り・不履行・ウソ・失望は常にある。
しかし、失望しているだけでは、私の滞在延長許可は実現しない。
私は、パスポートの滞在スタンプ押印ページを自宅でcopy して、
9月30日(給料支払い履行は同日午後1時)午後3時に、執務課を訪れた。

自己主張(当然してもいいハズの事ではあるが)を封じ込め、静かに担当者に話しかけた。

私のビザ延長手続きに必要な書類等、ヤハリ全く準備されていなかった。
外国人として、私を当校の先生として雇用しているのだから、
気にかけて(=アイツのビザ、いつ切れるのだろうか?もうそろじゃないか?)、
私の延長手続き関係書類を作成して、
「せんせい、例の書類一式、出来ましたよ。ハイ、どーぞ。」
との対応が、いつになったら叶うのだろうか?
私を認めてサポートしてくれている副校長格D先生からの執務課への指示も無かったようだ。

このとおり(スタンプcopy)、まもなく許可スタンプが失効します。
よって、滞在延長手続きに必要な書類、
雇用契約(コントラクト)書一通(1年間雇用記載でなければダメ・給料の具体的金額)
校長の自筆サイン入り保証レター一通(guarantee letter)(雇用に当たり、私の保証人となる)
(このたった2枚の書類だけである。)
の作成をお願い致します。

(校長先生は、まもなく定年退職される。この前期期間中までの勤務で定年を迎えられる事を私は情報として知っている。しかし、知っているだけで、執務課内では、話さない。)

担当者は、「もう、その時期となりましたか。」・「それは困りましたネ。」
との表情を私にappeal する。
私は、淡々と彼女を見る。

滞在延長が実現できなかった場合、国外(ラオス等の外国)出国しなければなりません。
労働局のタイ国内勤務認定等の手続き全てと費用全てが、一から振り出しのムダとなります。
「それは、私の望むところではありません。」と、私が語ると、
「分っている。」から、‘それ以上言わないで表情’をされた。

副校長格のD先生には、2、3週間前に既に話し済みである事も伝えた。
この情報は、執務課のこの氏に伝えないと、何で早く言って来ないの?
と逆手に取られる。
その反撃を先回りして、教科部長には伝達済みである事を会話の中で確実に相手に発信しなければならない。しかし淡々とした口調で。

来週10月5日(月)か遅くとも6日(火)までに、頂きたいと言って、私は執務課を出た。
出る時にも、丁寧に頭を下げて退室した。

バンコク出張の副校長格も既に当地に戻って来ているらしい。(土曜日に)
やるだけのaction は、実行した。
後は、月曜日に学校に出かけていくだけだ。
私を教師として雇用するに当たっての教育省本省宛の推薦レターを、副校長格D先生に頼みに行くのは、お昼前あたりとしよう。
最終的に、全てを入手出来るのは、火曜日午前中あたりかも知れない。
もし、月曜日中に用意されていれば、その夜のバスに乗ってバンコクに向かう事とする。
ソロソロ、都入りの身支度準備を整えておかないといけない・・・

<タイ人に実際に動いて貰うのは、全くタイへんであるかれこれ3週間ほど前に、No2のダラー先生に、私の滞在許可がもう直ぐ切れますので、そろそろ契約書を作る事を承知しておいて下さいとrequest していた。
「ハァー、ハァー。」と手ごたえ無く、私の話を聞いていた。

こちらのヤキモキ心理状態は、タイ人にはなかなか伝わらない。
いや、そうではなく、コンナ感じだ。
「また、ビザの事ナン。」「もう。しないといけないの?」「ホント、面倒臭いわネ!」
このように、こちらに言って来る事は無いが、面倒臭く厄介事のように感じている。
タイ人は、乱入仕事を嫌がる。
乱入ではなく、コチラにとっては実行して貰わなければならない当たり前の事なのであるのだが。

ぶっちゃけて言えば、「ウザッタガル。」のだ
よって、話しかけるタイミングを慎重に選ばなければならない。

タイ人なら、何の書類申請手続きもする事なく永久的にこのタイ国内に住む事が出来る。
これは、日本人も同じだ。

タイ国外での1年近く以上の合法的居住体験があるタイ人など、地方には殆どいない。
その為、外国人としてタイ国に居住する者の大変さが、なかなか分って貰えない。
分ってもらいたい事を、分って下さいとタラタラ語ると、タイ人は嫌がる。

心静かに語りながら、低姿勢で学校に頼まなければならない。
少しでも高飛車な要請をすれば、次回の私の職場は泡と消える。

しかし、静かに穏やかに頼みながらも、学校事務方に実際に動いて貰わなければならない。
この当たり前に履行すべき、相手方の職務とも言うべきもの。
これが、なかなかコチラの思い通りにはやってもらえない。

これを実行させて、己の存在自立を守る為には、タイ人友人やタイ人サポーターが絶対に必要である。
タイ語を含めて、こちらの足りないものを橋渡ししてくれるタイ人協力者がいないと、時にギスギスした交渉事となる。

日本では、法律遵守の姿勢の高さが確立している。(当たり前と言えば、当たり前ではあるが、この‘日本の常識’が世界の、特に東南アジア諸国の常識ではない)

外国人勤務者の日本国内の存在も、今日ではごくありふれた‘風景’である。
よって、外国人の日本滞在許可申請手続きは当然の如く着々と進み、大方の場合、失効期限に余裕を持った形で、処理してもらえる。
外国人が日本で雇用されれば、多くの場合、滞在延長は着々と進む。
「日本人の職務遂行は最高だ!」「スゴイ!」
とファラン(=西洋人)なら誰もが感激する事だろう。

同じファランの‘前滞在国’では、当のファランが私と同じくヤキモキとさせられたであろう事は、容易に想像できる。
契約のひっくり返しも多い。
契約をしっかり守らなければならないという基本感覚が希薄な国は、東南アジアには多いのは、行かなくても私は分る。
正義の国・日本に於いても昨今は、いい加減な契約破りが増えてきた。
コレでは、機嫌良く(=サバーイジャイで)働く事は、出来ない。

よって、タイ国内だけの問題ではない。
そのように考える姿勢が、日本人被雇用者側に必要だ。
当たり前の事を当たり前の事として実行して貰い、且つ嫌われない為には、
「静かな頼み方」と「タイ人サポーターの存在」が欠かせない。

しかし、このように寛容精神を発揮しても、常にヤキモキ・イライラさせられる。
日常的に外国人を雇い入れている場所では、
日本同様、ヤキモキするような心理状態には陥る事は殆ど無い。
日常茶飯事のごく当たり前の事務手続きが着々・淡々と進む。

<私が、現勤務校に採用されるに至った当時の様子>私が来るまでは、珠算の授業など全く存在していなかった。
私は、タイ人サポーター的友人2人と、副校長格先生に珠算教科採用と私の採用を申し入れに言った。
学年担任教師達4名ほどが同席した。

「後ほど連絡致します。」と言って、連絡は3週間近く無かった。

学校では、珠算を課外授業課目として採用するかどうか、併わせてこの日本人を教師として採用してもいいものかどうかの結論が、出来得ていなかったように私は思う。
しかし、座して待っていれば、採用はおろか返答すら無いのが当たり前のタイである。

かといって、今まで存在していなかった科目を採用して貰う事を、こちら側だけのrequest
で押し付ければ、確実に反感的なものを相手に持たせる事となり、
「今回は見送りましょう。」的な判断が確実に待っている。

‘事を為す’
それも今まで存在していなかったものを採用して貰うような事は、全く簡単ではない。

当時のその時までに、私は珠算教育の多くの資料をタイ国内で作成し続けてきた。
それらの重い資料を持参したが、副校長格に見せるタイミングが無かった。
相手が要求もしていない資料を、こちら側サイドから見せるaction を、
副校長格は望んでいないと判断した。
この資料公開提示actionのような行動をタイ人は嫌がる。
長いタイ国での生活で、タイ人が好まない態度を私は良く承知している。
「相手を只々思い遣り尊敬する態度や姿勢」こそが、最も重要な事なのだ。

資料を持参して、「これを見て下さい。」とは言わない、そのような人物をタイ人は尊ぶ。
少しでも、「押し付けがましいヤツだな、コイツは。」と思われれば、採用は無い。
私は殆ど自ら語らず、礼儀を尽くし部屋を去るだけだった。
10分間位の滞在であった。

副校長格は、友達に「この人は、タイ語出来ますか?」と聞いていた。
友達は、出来ます、英語も出来ますと答えていた。
英語がいかに出来ても、
タイ人児童への教育現場で最大に必要なものは、やはりタイ語でしかない。

タイでは小学生にも英語授業を導入している。
日本で、つい最近やっと始まったばかりの早期英語教育。
(この言葉は、中学生しか英語指導していなかった時の表現。その為、早期英語教育の対象年齢は、小学校就学以前の幼稚園児童用に只今現在では、使用されるのであろうが)
この小学生児童に対する英語教育を2、3年前からタイ国政府の肝いりで展開している事は、
「タイ国の教育近代化」を象徴している。
かといって勿論、タイ人児童が英語を流暢に話せるわけではない。

<タイ人に情報を与える事には意味がある・但し、さりげなくアッサリと>
私の友人タイ人男性が「この日本人の先生は、英語も話せます。」とfollowしてくれた。
副校長格は興味を示さなかった。
タイ人は、興味の無い・必要性の無いものには、全く「けんもほろろ」の態度を表わす。
「無反応でーす。」「興味ありませ〜ん。」を表明するaction・態度だと言っても良い。

しかし、興味を示さなかった彼女の頭の記憶の中には、情報は貯蔵された。
タイ人には、物事の情報は、タイミングを上手に捉えて、彼・彼女の耳に発信しなければならない。
必要第1情報とはならなくても、確実に第3次4次情報として、彼・彼女の耳に残る。
この事を良く理解していなければならない。
しかし、簡潔明瞭のあっさり発信とするのが、最大のコツである事も同時に分っていなければならない。
相手が、仮に1段階上の興味を示した場合でも、相手方からの問いに、「簡潔・的確」に答えるだけに留めなければならない。

<タイ人が嫌うもの:相手方に配慮の無い、一方的発言や意見・自己中の自慢ひけらかし行動>この時待ってましたとばかりに、我が意を得たり的、こちら側サイドの自己宣伝的発言をタイ人は、殆ど聞きたがらない。
「うっとおしいヤツやな、コイツは。」と100%思われる。
折角のチャンスを台無しとする「勿体無い・残念な事態」が確実に待っている。

そもそも、この話しを学校に持ちかけてくれたのは、タイ人女性Pさんだった。
Pさんの長男は、この小学校併設の幼稚園年長児童である。
彼女は、私を評価してくれており、
学校に「こんな日本人がいまっせニュース」として提供、
「一度お会あいされたらどうでしょうか?」との進展となった。
「じゃあ、お会い致しましょう。」という事になり、
友人2人同席してのアプローチとなった。

返答が3週間近く無かった。
Pさんに相談した。
再度のrequest となった。
学校側に負担にならないように、
「例の日本人の先生のお話し、その後いかがな感じでしょうか?」
のようなpush となった。

教職員一同参加の会議の席上で、私の採用の可能性について、意見を聞く場があったらしい事を、尊敬するA先生から後日(数ヶ月も経った後)聞かせて頂いた。

私は、採用された。
当初は1時間200Bであった。
タイでは、最初に高額提示をすると、いくら当人に自信があっても、先づ採用されない。
最初は、最初ラインからというのが、タイのやり方だ。
外国人だからと言って、日本のように特別給与支払いの考え方など、タイには一切無い。

自らの努力と成果が、誰の眼からも明らかになった頃にアップ交渉をするのだ。
後期前に、upをお願いした。
私の尊敬する立派なタイ人教師A先生に、サポートをお願いした。
何故、upが必要なのか?をダラー先生に理解して貰わなければならない。
そうでないと、自動的に手当てがアップする事はタイではあり得ない。
私の暮らしの状況及び、この前期の頑張り、全てをトータルに判断しての説得行動が不可欠だ。

私の珠算授業には、多くの生徒が参加した。
父兄達にも好評であった?のかも知れない。

「どこで、誰が、何を考え、言っているのか?」
私には分らない。
イズコに行っても、この種の不安な気持ちが無くなる事は無い。
不安感を押し払う為には、頑張って生きる以外に方法が無い。
一生懸命教え続けるしかない。
魅力アル楽しい授業に努め続けるしかない。

それなりの合格点を頂いた。
結果、後期から300Bとなった。

1年間が終わった。

2年目の採用時には、新たな不安感があった。
1年間を休まず、努力して授業を展開していても、私の不安感が消える事は無い。
どこまで行っても、引き続き働く事が出来るのであろうか?の不安は結果の出るその瞬間まで、失くなる事はない。

来年6月に3年目を迎える。
これが達成できれば、教師としてのそれなりの合格点を獲得した証明となる。
日本で履歴書に記載し、大手を振って堂々と言える職務期間は最低3年と言うのが、常識だと前勤務校の若き日本人日本語教師が私に語った事があった。
マダマダではあっても、一応のcredit が確保出来る期間が最低3年間という時の長さという事だ。

今年は、授業の成果を出し続けている。
生徒の中に、多くの私ファンが増えている。
先生方・事務職員・食堂のおばさん達からの親しみ度もupしてきている。
しかし、第3期目はあるのか?
私の不安が霧消する事は永久に無い。

外国人である日本人が、タイの教育界で生き続ける為には、
多くの苦労がある事は当然の事だ。
契約期間更新毎に、吟味・再考のハカリにかけられる。
一旦雇用されれば、余程の事が無い限り、
雇用が確保される可能性の高い日本国内とは、根本的に大きな違いだ。
それが、異国での勤務である。

ジブン磨きには、異国での勤務が大いに役立つ。
あたまデッカチに自己中で考えていた、それまでの己の考えや価値観の一部が実は正しくなかった事を知らされ、気付かされる。
自分自身への修正が為され、「人間としての器」が拡大して行く。
「人生とは何か?」という空爆な問いへの、
より確信的な‘答えの一端’を手に入れる事が出来る。

日本人には大いに勉強になる事が沢山ある。
低額の給料と引き換えに、大きなチカラを手に入れる事が出来る。
経験したスベテが、自分自身の人間力up・シッカリ度合い発展につながって行く。

読者諸兄の中には、自分枠を拡大・発展されたい情熱家がキットおられる事と思う。
タイまたは諸外国での活躍される事を勧める次第である。

<最近、増幅しつつある私のイライラ>
<タイ児童にも良い子もいれば、そうでない子もいる>
「やんちゃ男子」や「減らず口女子」に苛立ち、怒る事が9月に2度程あった。
日本にも生意気な子供がいる。
タイにも日本人の子供と似たような子供がいるのは、当初は不思議な事のように感じていた。
恐らく世界中のどの地にも、「ワガママ自分勝手子供」は存在するのだろうと、
今ではそう思っている。
しかし、それらの問題児童の数は日本のソレよりも多めであると私は感じている。
(都会化されたバンコクではどうだか分らないが、教師へ暴力を振るうような子供は、
タイには存在しない。教師への敵対心など無いからだ。あるのは子供サイドの我儘)
2年目ともなれば、生徒の事が良く見え出し、分り出してきた証拠であるのかも知れない。

怒る事は、タイでは忌み嫌われる。
何より、大声をタイ人は嫌う。
「ラワーンナァ・ラワーンナァー(=注意してネ。気を付けてネ。)」
のご注意遊ばされmessage が私の脳内から消える事は無い。
自分自身の立ち振る舞いに対して注意する姿勢が無いと、舞台からの転落が確実に待っている。

でもついに、「大声」を出してしまった。(9月某日)

しかし、あえて自己弁護しよう。

席から立ち上がる。
立ち上がって暴れる男子。
座りなさいと言っても、サッサと言う事を聞かない。
女の子が泣いている。
トイレに行ってもいいですかと聞く子もいれば、勝手に行く子もいる。
各クラスの混合合体授業なので、遅刻児童も多い。
一斉的な話しをしなければならない時であっても、
当の生徒達全員が集まらない、ダラダラと遅刻する子供が多い。
何で遅れましたか?と聞くと、
だって担任の先生に用事を頼まれたんだもん等の自己弁護発言が返って来る。

常にクラスの5〜10人が授業に不可欠な「算盤=ソロバン」を持ってこない。
私は、忘れる子供が悪くても、常に7丁ほどの算盤を持参する労働を日々こなしている。
他の諸々の荷物があり、身体への負担が大きい。
それでも、持って来るのを忘れた生徒達の為のサービスfollow を実行している。
算盤が無ければ、基本的な授業のカタチが為さないからである。

「貸して、貸して。」と自己中に、それも不礼儀なタイ語と態度で私に頼む。
頼んでいる形というものが、全く出来ていない。

ホイホイと安易に貸して上げる訳には絶対にいかない。
チャンと持って来ている生徒にも申し訳ない。

「ハイ、ハイ。」とさっさと貸せば良いのかも知れない。
そういった安易な優しい?対応は、イササカの注意を要する。
次回から、当たり前のように算盤を忘れ、貸して貰えるのが当然のように振舞うのが、タイ人児童なのだ。
忘れて来る、
平気で忘れて来る、
ヒドイのになれば、持って行かなくてイイや。
「先生は優しい、絶対に怒れへん!」と思われる反対側で、
ナメられる事態が確実に待っている。
その事態に発展すると、修正(再び厳しく諭す事)は極めて困難である。
「淡々と私を私として見る」ような事は、タイ人児童にはムリだ。
外国人としての私(=タイ人ではない異国の人)という、
永久に私を鋳型にはめるもの。
これは、時に児童にとっては都合が良い。

また、小2と小4と小5は食堂が授業場所だ。
大きい声を出さなければ、生徒には聞こえにくい。
そして、言葉は全てタイ語。

ヤンチャ坊主をおとなしく座らせ続ける事は大変である。
コチラの指示通りサッサと動かない。
指示に従っても、
「イヤイヤ」
「ダラダラ」
「チャーチャー=ゆっくりの意味のタイ語」

そして、こちらの話し(=先生の話)を聞こうとしない。
こちらの顔を見ようともしない。

一旦座らせる事に成功しても、また立ち上がってチョコマカする。
まるで、子供アニマルランドだ。
ある生徒に語りかけている最中に、他の生徒が平気で私に話し掛けて来る。
時に重要度の高い話しでもあったりするが、殆どが戯言の類いだ。
生徒が礼儀知らずに話しかける無礼に出たとしても、対応を誤ると生徒から嫌われる事となる。

生徒からの嫌われ度がupすれば、職を失う可能性upへとつながって行く。
生徒は神様です。(=生徒がいて、始めて先生稼業が出来る)(お客様は神様ですの変形)
この基本が先づ厳然と存在する。
究極は、大事なのは生徒であって、先生ではないという憲法だ。

学校の内外で、生徒から挨拶されて無視した事は、過去6年間一度も無い。
挨拶の返礼対処は、大切である。

生徒を叱っても、嫌われない先生となる為には、
親切に個々の生徒に指導しなければならない。
生徒と仲良くコミュニケートしなければならない。

先生の話をおとなしく礼儀正しく聞く態度が、タイ人先生方から徹底して教え込まれていない。
家庭では甘やかしがはびこっている。
家庭での躾が行き届いていない。マダマダだ。
忍耐と寛容を持って、子供を教え諭す地道な努力をしているタイ人親達は、数少ない。

これにアタマを痛めているのは、他ならぬタイ人先生方である。
タイ人生徒をコチラの意図通りに動かせれば、
タイ人先生以上にスゴイ先生という事になる。
朝礼等の団体集会では、多くの先生方の同席監視がある。
こういった時には、比較的おとなしく聞いている。態度はそれ程悪くない。
集団行動での不適当な行動をタイ人はマイナス評価するように育ってきているからだ。

これが、実際の授業となると・・・
ジェスチャーaction (人差し指を口の前に立ててシィーのアクション)
時にコワモテ顔をしながら
静かに。
静かにしようね。
静かにした方がいいでしょう。
静かにしなさい。
静かに出来ないの。
静かにしろ。
静かにせんか!
静かにでけへんのか!(大阪方言)

感情的に怒れば怒るほど、コチラのいう事を聞こうとしない。
わがままに振舞う事が子供の特徴であり特権である。
しかし、わがまま放題にさせておいて、素晴らしい‘class授業’が出来る事はない。
生徒をコントロールしながら楽しく授業展開をしていかなければならない。

言う事をサッサと聞かない生徒・時折訪れる「ウダルほどの暑さ」の中でも、
シッカリと立っていなければならない。
頭が、「ボォーッ、ボォーッ。」として来る。
このまま「フゥーッ」「フワーッ」と気を失うのではないかとの不安が掠める。
ノドへの負担が大きくても、大声を出さない場面が多々ある。
ノドから出血しようと、このまま学校内で気絶し病院送りとなろうと、
「本望だ〜」
「どうとでもなれ〜」と覚悟を決めて、
エネルギー全開で授業をやり抜いている。

この次の日、D先生から「怒ったでしょう。」とお叱りを受けた。

私のマダマダタイ語は、最近良く通じるようになって来ている。
D先生は、私を認めてくれている。有り難い事だと感謝している。

D先生は、
「仕方が無いわね。」
「理由は良く分りました。」
「でも、余り怒ってはダメですヨ。」と釘を刺された。

「ハイ、重々承知致しております。」
と私は答えた。

タイ人であっても困難なシツケを私はやってみたいと思っている。
(私のみの決意であって、D先生には勿論言わない)

遊んでいるだけで、知識が増える事はない。
賢い頭脳であっても理解・反復練習無しには、賢くなって行く事はない。

相手が子供であっても注意する時には、当の子供個人に対して「理に諭す叱り方」が出来る教師でなければならない。
更なるタイ語能力upが欠かせない・・・

第8弾その1記載終了091002
校正及びアップロード091003

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